劉備(孫彦軍)は諸葛亮(唐国強)を軍師に任命しますが、張飛(李靖飛)や関羽(陸樹銘)らはその実力を軽んじていました。曹操は夏侯惇(魯建国)を都督に任命し、10万の兵を率いて新野に向かい、劉備を討伐しようとします。諸葛亮は趙雲(張山)に敵をおびき寄せ、火攻めにする策を授けます。夏侯惇は策略にはまり、大敗して逃走。劉備は完全勝利を収め、張飛や関羽らも諸葛亮の才智を認めるようになります。
その頃、荊州の主である劉表(張達)は病に倒れ、荊州を劉備に託そうとしますが、劉備はこれを拒絶します。曹操が50万の大軍を率いて南下し、荊州は危機に陥ります。劉表が亡くなると、蔡瑁は嫡子を廃して幼子を立て、曹操に荊州の地を差し出して自身の安泰を図ろうとします。曹操の軍勢に対抗するため、諸葛亮は新野を焼き払う策を提案します。